「院長、うちの病院ではマダニの予防薬を使っているかどうかを、かなり厳しく確認していますよね。正直、嫌がられることも多くて、説明に困ることがあるんです。」
この相談、とてもよく分かります。
きちんと予防している飼い主さんほど「毎月やってますよ」「大丈夫です」と思われるでしょうし、毎回確認されるのを煩わしく感じる方もいらっしゃいます。
でも、私たちがここまでこだわるのには、はっきりした理由があります。
マダニは“ただの寄生虫”ではなく、人と動物の命を脅かす感染症の媒介者だからです。
SFTSという、現実に存在する怖い病気
マダニが媒介する病気の中で、特に問題になるのが SFTS(重症熱性血小板減少症候群) です。これはウイルスによる感染症で、マダニに刺されることで人にも動物にも感染します。
この病気の何が怖いかというと、
人が感染した場合、致死率が約30%前後 と報告されていることです。
つまり、感染した人の約3人に1人が命を落とす可能性がある、極めて危険な感染症です。
しかも、特効薬はなく、基本的には対症療法しかありません。高熱、消化器症状、出血傾向、意識障害などが起こり、急速に重篤化することもあります。高齢者や持病のある方では、さらにリスクが高くなります。
これは大げさな話ではなく、日本国内でも毎年患者が報告され、実際に亡くなっている方がいます。
マダニは「特別な場所」にいるわけではない
「でも、うちは山にも行かないし、そんなに草むらに入らないから大丈夫じゃないですか?」
そう思われる方も多いのですが、マダニは想像以上に身近な存在です。
公園の縁、河川敷、住宅街のちょっとした雑草、庭先、犬の散歩コース。こうした場所に普通に生息しています。
動物は地面に近いところを歩き、匂いを嗅ぎ、草の中に顔を突っ込みます。つまり、マダニにとっては絶好のターゲットです。そして一度寄生すると、毛の中に隠れて気づかれないまま、家の中まで一緒に入ってくることも珍しくありません。
そうなると、そのマダニは動物だけでなく、飼い主さん、家族、来客、そして動物病院のスタッフへと感染のリスクを広げる存在になります。
病院が厳しく確認する理由
動物病院には、毎日たくさんの動物と人が集まります。免疫力の低い動物、高齢の飼い主さん、妊婦さん、小さな子どもが来院することもあります。そこにマダニが持ち込まれれば、院内感染のリスクが一気に高まります。
だからこそ、私たちは「本当に使っていますか?」「いつ使いましたか?」と確認します。これは決して疑っているわけでも、意地悪をしているわけでもありません。
これは病院を利用するすべての人と動物を守るための、安全管理です。
言い換えれば、マダニ予防は「個人の選択」であると同時に、「社会的なマナー」でもあります。自分の家族を守るだけでなく、周囲の人や動物を守る行動なのです。
「嫌がられる」ことより「守る」ことを優先したい
正直に言えば、私たちも嫌われたいわけではありません。できれば穏やかに、気持ちよく診療をしたい。でも、それよりも優先すべきものがあります。それは安全です。
もし、どうしても理解していただけず、予防をしていない、今後もするつもりがない、でも病院は利用したい、という場合、残念ですがお断りせざるを得ないケースも出てきます。それくらい、この問題は軽く扱えません。
それは排除ではなく、守るための線引きです。
まとめ
マダニは小さな虫ですが、その運ぶ病気は非常に重い。
SFTSは現実に存在し、現実に人が亡くなっている感染症です。
動物を通じて、人にうつる可能性があります。
そして動物病院は、リスクが集中する場所です。
だから私たちは、これからも厳しく確認します。
それは皆さんの命と健康を守るためであり、スタッフ自身を守るためであり、そして何より、大切な動物たちを守るためです。
「ちょっと面倒だな」と感じるその一手間が、誰かの命を救っているかもしれません。
そう思っていただけたら、私たちはとても嬉しいです。