
「うさぎの約6割が、エンセファリトゾーンに感染している」
このような話を聞いたことはありませんか?
エンセファリトゾーンは、うさぎに突然の斜頸やふらつき、眼の異常、腎臓障害などを起こす可能性がある重要な感染症です。
首が大きく傾いたうさぎの写真や動画を見て、
「うちの子も突然こうなってしまうのではないか」
と心配されている飼い主様もいらっしゃると思います。
しかし、感染している可能性があることと、実際に病気を発症していることは同じではありません。
必要以上に怖がるのではなく、エンセファリトゾーンとはどのような病原体なのか、どのような症状に注意すればよいのかを正しく知っておくことが大切です。
本当に、うさぎの約6割が感染しているの?
国内では、20都道府県のペットうさぎ337頭を対象に、エンセファリトゾーンに対する抗体を調べた研究があります。
この研究では、健康なうさぎや神経症状のあるうさぎなどを合わせると、全体のおよそ6割から抗体が確認されました。
特に、斜頸やふらつきなどの神経症状があったうさぎでは81%、健康でもほかのうさぎと一緒に飼育されていた群では75.2%が抗体陽性でした。日本のペットうさぎの間に、エンセファリトゾーンが広く存在している可能性を示す結果です。
ただし、この数字には大切な注意点があります。
抗体が確認されたことと、現在エンセファリトゾーン症を発症していることは同じではありません。
抗体陽性とは、過去または現在、エンセファリトゾーンに接触した可能性があることを示します。
感染していても症状を出さない「不顕性感染」のうさぎは少なくありません。実際に、エンセファリトゾーンに感染したすべてのうさぎが斜頸や腎臓病を発症するわけではなく、症状のないまま生活する子もいます。
したがって、「6割のうさぎが病気になっている」のではなく、多くのうさぎが病原体に接触している可能性があると理解するのが適切です。
エンセファリトゾーンとはどのような病原体?
正式には「エンセファリトゾーン・クニクリ」と呼ばれる、微胞子虫に分類される非常に小さな病原体です。
うさぎの体内に侵入すると、主に次の場所に病変をつくることがあります。
- 脳や脊髄などの中枢神経
- 腎臓
- 眼の水晶体周辺
エンセファリトゾーンは、感染したうさぎの尿に排出されます。その胞子が付着した食べ物や水、床、トイレなどを介して、別のうさぎの口に入ることが主な感染経路です。
また、母うさぎから胎児への子宮内感染も知られています。
そのため、家庭に迎えた時点ですでに感染している可能性があります。
感染した場所は、ブリーダーやペットショップ、多頭飼育されていた環境などかもしれません。迎えた直後は元気に見えていても、その後数年たってから症状が認められることもあります。
一方で、感染源が必ず家庭外にあるとは限りません。
複数のうさぎを飼育している場合には、感染したうさぎの尿を介して、ご家庭内で感染が広がる可能性もあります。トイレや食器、床を清潔に保ち、尿で汚れた場所を長時間放置しないことも大切です。

首が傾くだけではありません
エンセファリトゾーン症というと、「首が傾く病気」という印象が強いと思います。
確かに、突然首が左右どちらかに傾く斜頸は、代表的な症状の一つです。
しかし、エンセファリトゾーンが関係する症状は、斜頸だけではありません。
神経に現れる症状
脳や脊髄に炎症が起こると、次のような症状が見られることがあります。
- 首が左右どちらかに傾く
- まっすぐ歩けない
- 足元がふらつく
- 同じ方向にぐるぐる回る
- 眼が左右または上下に揺れる
- 転倒する
- 起き上がれない
- 後ろ足が動かしにくい
- けいれんする
重症になると、横向きになったまま体が激しく転がる「ローリング」が起こることもあります。
ただし、うさぎの斜頸は、エンセファリトゾーンだけで起こるものではありません。
中耳炎や内耳炎、脳炎、脳腫瘍、外傷、中毒などでも同じような症状が出ます。特に内耳炎とエンセファリトゾーン症は見分けることが難しく、両方が同時に存在することもあります。
「首が傾いたからエンセファリトゾーンだ」と決めつけず、耳や神経を含めた総合的な診察が必要です。
眼に現れる症状
エンセファリトゾーンは、眼の水晶体周辺に感染することがあります。
その結果、
- 黒目の中に白い点が見える
- 水晶体が白く濁る
- 白内障が起こる
- 眼が赤くなる
- 眼の中に白い塊が見える
- 涙が増える
- まぶしそうに眼を細める
といった変化が見られることがあります。
水晶体の中で病原体が増殖すると、水晶体を包む膜が破れ、眼の中に強い炎症を起こすことがあります。これを水晶体破裂性ぶどう膜炎と呼びます。
初期には「黒目の中に小さな白い点がある」「左右の眼の色が少し違う」という程度にしか見えないこともあります。
そのため、元気や食欲だけで判断せず、定期的に眼の状態を確認することが大切です。
腎臓に現れる症状
腎臓が障害されると、次のような変化が起こる可能性があります。
- 水を飲む量が増える
- 尿の量が増える
- 尿を漏らす
- お尻や後ろ足が尿で汚れる
- 体重が減る
- 食欲が低下する
- 元気がなくなる
- 脱水する
うさぎでは、飲水量や尿量の変化が見逃されがちです。
給水ボトルを使用している場合は、毎日どの程度水が減っているかを確認してみてください。器で水を与えている場合も、おおよその飲水量を把握しておくと、異常に気づきやすくなります。
事前に確定診断するのが難しい病気です
エンセファリトゾーン症は、生きているうさぎでの確定診断が難しい病気です。
血液による抗体検査では、エンセファリトゾーンに接触した可能性を調べることができます。
しかし、抗体が陽性でも、現在見られている症状の原因がエンセファリトゾーンであると断定することはできません。症状のないうさぎでも抗体陽性になることがあるからです。
反対に、尿などを利用したPCR検査が陰性でも、感染を完全に否定できるとは限りません。
エンセファリトゾーンの胞子は、感染期間中ずっと一定量が尿に排出されるわけではありません。排出されていない時期に採取した尿では、感染していてもPCR検査が陰性になる可能性があります。
実際の診療では、一つの検査結果だけで判断するのではなく、
- 症状が始まった時期と経過
- 眼の状態
- 耳の状態
- 歩き方や姿勢
- 神経学的な異常
- 血液検査
- 尿検査
- 抗体検査
- レントゲン検査
- 必要に応じたCTやMRI検査
などを組み合わせ、ほかの病気を除外しながら総合的に判断します。

なぜ元気なうちの眼のチェックが大切なの?
エンセファリトゾーンによる神経障害が起こると、治療を始めても首の傾きやふらつきが残ることがあります。
治療によって病原体の増殖や炎症を抑えられても、すでに傷ついた神経が完全には回復しない場合があるためです。
眼の病変についても、炎症が強くなってからでは、点眼や内服だけで十分に改善せず、外科的な治療が必要になることがあります。
そのため、明らかな斜頸やローリングが起きてから対策を考えるのではなく、眼の中の小さな変化や、軽いふらつき、多飲多尿などを早い段階で見つけることが重要です。
厚木ひまわり動物病院では、うさぎの診察時に全身状態だけでなく、エンセファリトゾーン症で変化が起こりやすい眼、神経、腎臓の状態を意識して確認しています。
眼に疑わしい濁りがある、過去に一時的なふらつきがあった、多頭飼育歴がある、飲水量が増えているなどの場合には、抗体検査、血液検査、尿検査などをご提案することがあります。
検査結果と身体所見、年齢、症状の経過などからエンセファリトゾーン症が疑われる場合には、症状が重くなる前に治療をご提案することもあります。
ただし、すべての健康なうさぎに一律に薬を投与するわけではありません。
治療薬にも副作用の可能性があるため、感染の可能性、発症の疑い、治療によって期待できる効果を総合的に判断する必要があります。自己判断による予防投薬や、残っている薬の使用は避けてください。
首が傾いたら「数日様子を見る」は危険です
斜頸やふらつきが起きても、
「食欲があるから、少し様子を見よう」
と考えてしまうことがあります。
しかし、神経症状が進行すると、自力で食べたり飲んだりできなくなり、転倒やローリングによって眼や手足を傷つける危険があります。
さらに、食事ができない状態が続くと、胃腸うっ滞、脱水、肝リピドーシスなどを併発し、急速に全身状態が悪化することがあります。
次のような症状が見られた場合は、その日のうちに動物病院へ連絡してください。
- 突然、首が傾いた
- ふらついてまっすぐ歩けない
- 眼が揺れている
- 転倒を繰り返している
- 同じ方向に回り続ける
- 起き上がれない
- 食べ物を口元に持っていっても食べない
- 眼が急に白くなった、赤くなった
横向きになって転がってしまう場合には、無理に立たせ続けず、周囲を丸めたタオルなどで囲み、体や眼をぶつけないようにして受診してください。

毎日の観察が、早期発見につながります
エンセファリトゾーンは、うさぎの飼い主様にぜひ知っておいていただきたい病気です。
しかし、「約6割」という数字だけを見て、過度に怖がる必要はありません。
大切なのは、感染している可能性があることを理解したうえで、日頃から小さな変化を観察することです。
ご家庭では、次の点を確認してみてください。
- 首が左右どちらかに傾いていないか
- 歩き方やジャンプの着地に変化がないか
- 黒目の中に白い点や濁りがないか
- 左右の眼の見え方が違わないか
- 飲水量や尿量が増えていないか
- お尻や後ろ足が尿で汚れていないか
- 食欲や便の量が減っていないか
- 体重が少しずつ減っていないか
うさぎは体調不良を隠すことが得意な動物です。
見た目には元気そうでも、眼や腎臓などに少しずつ変化が起きていることがあります。家庭での体重測定と、動物病院での定期的な健康診断を組み合わせることが、病気の早期発見につながります。
エンセファリトゾーン症は、感染しているかどうかを一度の検査だけで完全に判断することが難しい病気です。
だからこそ、
「元気だから絶対に大丈夫」と考えないこと。
「抗体陽性だから必ず発症する」と怖がりすぎないこと。
小さな異常を見つけたら、早めに相談すること。
この三つが大切です。
眼の濁り、首の傾き、ふらつき、多飲多尿、尿漏れなど、少しでも気になる変化がありましたら、お早めに厚木ひまわり動物病院へご相談ください。


