「優しくしてあげてください」と言われた日——保定が“乱暴”に見えてしまう本当の理由と、動物医療に欠かせない安全管理のお話
こんにちは。厚木ひまわり動物病院です。
今日は、動物病院では避けて通れない、しかし誤解を招きやすい「保定(ほてい)」についてお話ししようと思います。
ある日、スタッフからこんな相談を受けました。
「院長〜、先日患者様から“もっと動物を優しく扱ってください”と怒られてしまいました…」
動物が好きで、優しく向き合いたいと思っているスタッフほど、こうした言葉は心に刺さります。
しかし同時に、保定という行為は“優しさだけでは成立しない”専門技術でもあるのです。
この記事では、
- なぜ保定が必要なのか
- どうして「乱暴」に見えてしまうのか
- 飼い主様に知っておいてほしいこと
- 獣医師やスタッフの葛藤
をお話しし、動物医療の裏にある「安全第一」の思想を共有できればと思います。
1. 保定は医療行為を安全に行うための“必須技術”
診察や検査、投薬、採血、レントゲン——
これらの医療行為を安全に行うために、まず必要なのが「保定」です。
● なぜ保定が必要なの?
動物は、
- 痛み
- 不安
- 恐怖
- 知らない匂い
- 慣れない環境
これらが重なると、普段は大人しい子でも行動が大きく変化します。
- 突然暴れる
- 噛みつく
- 飛び跳ねる
- 逃げ出す
- うさぎなら脚を骨折するほど暴れることも
この状態で採血や点滴を行えば、
針がずれて血管を傷つけたり、骨折や落下につながったり、
命に関わる事故が起きる可能性もあります。
そのためスタッフは、
「その子に最も負担の少ない方法」で、
「確実に動きを制御しながら」
「短時間で医療行為を終わらせる」
という使命のもと保定を行っています。
これは決して“乱暴に扱っている”わけではなく、
動物を守るための安全管理なのです。
2. それでも飼い主様には“乱暴”に見えてしまう理由
動物病院のスタッフは、動物が好きだからこそこの仕事を選んでいます。
乱暴に扱っていいと思うスタッフはひとりもいません。
それでも時に、
「もっと優しくしてください」
「強く押さえすぎでは?」
と感じられてしまうことがあります。
その理由は、
“その場で見える行為”と“スタッフが守ろうとしている安全”が一致して見えないからです。
● 例えば…
- 猫の爪を切るとき、逃げた拍子に頚椎を痛めることがある
- うさぎは後肢の蹴りで脊椎骨折を起こしやすい
- 小鳥は握り方を間違えると呼吸困難になる
- 犬は暴れながら採血すると血腫ができ、大きな痛みにつながる
これらを防ぐために必要な保定なのですが、
実際の見た目は“強く押さえているだけ”に映りやすいのです。
スタッフの心の中では、
「ごめんね、すぐ終わるからね」
「これが一番安全な方法なんだよ」
と自分に言い聞かせながら、
その子の命を守るために技術を使っています。
3. 特に難しいのは“うさぎ”と“猫”の保定
スタッフからの相談にもあったように、
うさぎや猫はとても繊細で、保定が難しい動物です。
● うさぎの場合
- 骨が非常に脆い
- 後肢の力が強く、蹴った瞬間に骨折する
- ストレスだけでショック死する可能性がある
- 保定の“角度”や“圧”が複雑で専門性が高い
そのため、あえてしっかり押さえる姿勢を取ることで
怪我を防いでいる場合が多いのです。
● 猫の場合
- 「急にスイッチが入る」動物
- 噛む力が強く、スタッフの安全も重要
- レントゲンや採血で動かないようにする必要がある
猫は「大人しい子ほど突然暴れる」ことがあります。
だからこそ、見た目以上に“事故防止”のための保定が必要になります。
4. 保定ができない=安全な診察ができない、という現実
院長自身、こんな経験がありました。
「うさぎの保定が乱暴だ」と指摘され、
安全な診察が不可能と判断し、診察をお断りした。
これは医療者として苦渋の決断です。
しかし、
安全に行えない診察は、診察ではありません。
少しでも無理な姿勢で行おうとすれば、
- 骨折
- 呼吸困難
- 血管の損傷
- ショック
- 脱落事故
といった、取り返しのつかない事故につながります。
飼い主様に誤解されてでも、
動物を守るために必要な保定を選ぶことが、
私たちの責任であり使命なのです。
5. スタッフは乱暴にしているわけではなく、“必死に守っている”
保定に関して指摘を受けるとき、
スタッフは深く落ち込みます。
- 「あの子を傷つけてしまったのかな…」
- 「もっと優しくしたかった…」
- 「嫌われたかもしれない…」
実際にはその逆で、
スタッフはその子を守るために“あえて強い保定”をしているのです。
保定は、
- 動物の安全
- 飼い主様の安全
- スタッフの安全
- 診療の正確性
これらをすべて守るための技術です。
「痛いことをしている」のではなく、
「これ以上痛い思いをしないように守っている」という事実を、
どうか知っていただければと思います。
6. 飼い主様にお願いしたいこと——信頼と理解をぜひ育ててください
動物医療は、
獣医師・スタッフだけでは成立しません。
飼い主様の理解と信頼があって初めて、
その子にとって最善の医療が提供できます。
◎ ぜひお願いしたいこと
- 保定の必要性を理解していただくこと
- “乱暴に見える=乱暴ではない”と知っていただくこと
- 不安があれば遠慮なく質問していただくこと
- どうしてその保定が必要なのか、聞いてくださって構いません
- スタッフを信頼して預けていただくこと
◎ 逆に危険なケース
飼い主様が不安で口出ししたり、抱き方を変えてしまうと、
動物が反応して暴れ、事故につながることがあります。
診察中は、ぜひスタッフにすべて任せていただければ安全です。
7. 最後に——保定は“愛情”のかたちです
動物に優しくしたい気持ちは、
私たちスタッフも飼い主様もまったく同じです。
しかし医療の現場では、
“優しく触る”だけでは命を守れないことがあります。
だからこそ、
短時間で安全に終わらせるための保定が必要なのです。
どうか、
「強く押さえているように見える」
その裏にあるスタッフの葛藤と責任、
そしてその子を守りたい一心の気持ちを、
少しだけ想像していただければ嬉しく思います。
◎ まとめ
- 保定は医療を安全に行うための必須技術
- 見た目が乱暴に見えるのは“事故防止”が目的
- うさぎ・猫は特に高度な保定が必要
- 安全に診察できない場合、診察を断ることもある
- スタッフは乱暴ではなく“必死に守っている”
- 飼い主様の理解と信頼が安全な診療につながる
保定について不安や疑問があれば、
どうぞ遠慮なくお尋ねください。
私たちは常に動物の安全を最優先に考え、
その子にとって最善の方法を選択しています。
大切な家族のために、
飼い主様とともにより良い医療をつくっていければ幸いです。





















