今回は、椎間板ヘルニアの治療のため、当院で定期的に鍼灸治療を受けているワンちゃんの施術風景をご紹介します。
椎間板ヘルニアの症状や重症度は、一頭一頭大きく異なります。
強い痛みが中心の子もいれば、後ろ足に力が入りにくい、ふらつく、足先を引きずる、立ち上がれないなど、神経症状が見られる子もいます。
今回のワンちゃんには、背中、腰、後ろ足にあるツボを中心に鍼を刺し、その後にレーザー治療器を使用して、温熱刺激と光刺激を加えています。
最後に「弾爪(だんそう)」と呼ばれる方法で鍼に刺激を与え、すべての鍼を抜いて終了します。
施術時間は、全体で10分程度です。
犬の椎間板ヘルニアとは
背骨は、いくつもの椎骨が連なってできています。
椎骨と椎骨の間には、「椎間板」と呼ばれるクッションのような組織があります。椎間板は、歩く、走る、ジャンプするといった動作の際に背骨へ加わる衝撃を和らげる役割を持っています。
この椎間板の一部が正常な位置から飛び出したり、膨らんだりして、脊髄や神経を圧迫する病気が椎間板ヘルニアです。
椎間板ヘルニアでは、障害を受けた場所や圧迫の程度によって、背中や腰の痛みだけでなく、ふらつき、足の麻痺、排尿障害などが起こることがあります。
急性の胸腰部椎間板ヘルニアでは、神経学的な重症度、痛みを感じる能力、歩行の可否、画像検査の結果などをもとに、内科的治療と外科的治療のどちらが適しているかを判断します。
今回は定期的な鍼灸治療を行っています
今回のワンちゃんは、椎間板ヘルニアに対する体のケアとして、定期的に鍼灸治療を行っています。手術は行っていません。
鍼灸治療は、一度行えば椎間板そのものが元どおりになる、という治療ではありません。
また、すべての椎間板ヘルニアを鍼灸だけで治療できるわけでもありません。
当院では、痛みの程度、歩き方、足の反応、筋肉の状態、排尿や排便の状態などを確認し、その子に必要と判断した場合に、投薬、安静、運動管理、リハビリテーションなどと組み合わせて鍼灸治療をご提案しています。
手術が必要な状態であれば、鍼灸だけで経過を見るのではなく、速やかに外科治療を検討しなければなりません。
まずは歩き方と体の状態を確認します
鍼を刺す前に、現在の状態を確認します。
椎間板ヘルニアでは、同じ病名であっても、症状が毎回同じとは限りません。
前回より歩き方が悪くなっていないか、後ろ足にしっかりと力が入っているか、足先が裏返ったままになっていないか、背中や腰に強い痛みがないかなどを確認します。
また、左右の後ろ足で筋肉のつき方に差がないか、筋肉が硬く緊張している場所がないか、触られることを嫌がる場所がないかも確認します。
その日の状態によって、使用するツボや鍼を刺す本数、刺激の強さを調整します。
「いつもと同じ場所へ、毎回同じように鍼を刺す」というわけではありません。
背中、腰、後ろ足のツボを中心に鍼を刺します
今回の施術では、背中、腰、後ろ足にあるツボを中心に鍼を刺していきます。
椎間板ヘルニアでは、脊髄や神経の問題だけでなく、痛みをかばうことで背中や腰の筋肉が緊張したり、後ろ足を十分に使えないことで筋肉が衰えたりすることがあります。
そのため、症状が出ている背骨周辺だけでなく、腰や後ろ足の状態も確認しながら施術を行います。
使用する鍼は非常に細いものですが、犬の体格、皮膚の厚さ、筋肉の状態、刺激への反応などに合わせて種類や刺し方を調整します。
鍼を刺した時の反応には個体差があります。
ほとんど気にしない子もいれば、特定の場所に鍼を刺した瞬間だけ少し振り返る子もいます。無理に押さえつけて多数の鍼を刺すのではなく、その子が受け入れられる範囲で施術することが大切です。
鍼を刺した状態で少し待ちます
必要な場所へ鍼を刺し終えたら、すぐに抜かず、しばらくそのままにします。
このように鍼を一定時間刺した状態にしておく方法を「置鍼」と呼びます。
置鍼中は、犬が急に立ち上がったり、体を大きく動かしたりしないよう、そばで状態を見ながら施術を続けます。
鍼が入っている間に犬が強く緊張してしまう場合には、施術時間を短くしたり、本数を減らしたりすることもあります。
施術の目的だけを優先するのではなく、犬に過剰な恐怖や苦痛を与えないことも重要です。
火を使うお灸の代わりにレーザーを使用します
一般的なお灸では、もぐさを燃やして発生する熱を利用し、ツボへ温熱刺激を加えます。
しかし、犬には全身に被毛があり、施術中に動く可能性もあります。そのため、火を使う処置では、被毛や皮膚への安全に十分注意しなければなりません。
当院では今回、火を使ったお灸の代わりに、レーザー治療器を使用しています。
鍼を刺した状態で、背中、腰、後ろ足のツボへレーザーを当て、温熱刺激と光刺激を加えていきます。
レーザー治療器を使用することで、刺激を加える場所や時間を調整しながら施術できます。
ただし、レーザーは目に直接当ててはいけないため、使用中は照射方向に十分注意し、必要な安全対策を行います。
最後に行う「弾爪」とは
レーザーによる刺激が終わった後は、鍼を抜く前に「弾爪(だんそう)」という手技を行います。
弾爪とは、刺してある鍼の柄の部分を、指の爪で軽く弾いて振動させる方法です。
鍼を大きく動かすのではなく、鍼の先端へ細かな振動刺激を伝えます。
今回の施術では、背中、腰、後ろ足に刺した鍼を順番に軽く弾き、最後の刺激を加えてから、一本ずつ鍼を抜いていきました。
すべての鍼が抜けていることと、出血や皮膚の異常がないことを確認して、施術終了です。
施術時間は全体で約10分です
今回のワンちゃんの施術時間は、鍼を刺し始めてから、レーザー照射、弾爪、抜鍼まで、全体で10分程度です。
実際の施術時間は、犬の症状、使用するツボの数、体格、性格、施術への慣れなどによって異なります。
鍼を沢山刺して長時間行えば、それだけ高い効果が得られるとは限りません。
落ち着いた状態で必要な刺激を加え、犬が疲れすぎる前に終了することも大切です。
特に高齢犬や、動物病院で緊張しやすい犬では、その日の体調を見ながら無理のない範囲で行います。
鍼灸治療はどのくらいの頻度で行うのか
鍼灸治療の頻度は、症状の程度や治療の目的によって変わります。
痛みや歩行の異常が強い時期には、比較的短い間隔で行うことがあります。状態が安定してからは、診察で歩き方や筋肉の状態を確認しながら、施術の間隔を徐々に延ばすこともあります。
反対に、安定していた犬の歩き方が悪くなった場合や、痛みが再発した場合には、鍼灸の予約日を待たずに診察が必要です。
定期的に鍼灸治療を受けているからといって、椎間板ヘルニアが悪化しないとは限りません。
飼い主様には、日頃から立ち上がり方、歩き方、足先の向き、排尿や排便の様子などを観察していただきます。
鍼灸治療に関する研究結果
犬の胸腰部椎間板疾患に対する鍼治療については、標準的な内科治療と電気鍼を組み合わせた群で、歩行回復までの期間が短かったとする報告があります。
一方、椎間板ヘルニアの手術後の痛みに対する補助的な電気鍼では、得られた効果は限定的で、結果が明確ではなかったとする研究もあります。
既存研究を検討した2024年の評価では、胸腰部椎間板ヘルニアに対し、内科治療へ鍼治療を加えることには、軽度の上乗せ効果を支持する中等度の根拠があると結論づけられています。
このように、鍼灸治療には一定の可能性が報告されていますが、すべての犬に同じ効果が保証されるわけではありません。
当院では鍼灸だけに頼るのではなく、神経学的な状態を確認したうえで、西洋医学的な治療と組み合わせて活用しています。
鍼灸より先に緊急検査や手術が必要な場合
次のような症状が見られる場合には、定期的な鍼灸治療だけで経過を見てはいけません。
- 急に立てなくなった
- 後ろ足を引きずっている
- 数時間のうちに歩き方が悪化した
- 背中や腰を触ると激しく痛がる
- 抱き上げた時に鳴く
- 自分で排尿できない
- 尿や便を漏らすようになった
- 足先を強くつねっても反応が乏しい
- 前足にもふらつきや麻痺がある
- 呼吸が苦しそう
椎間板ヘルニアによる神経症状は、短時間で悪化することがあります。
特に歩けなくなった場合や、痛みに対する反応が低下している場合には、治療開始までの時間がその後の回復に影響する可能性があります。
このような場合には、まず神経学的検査や画像検査を行い、外科手術が必要かどうかを判断します。
ご家庭での生活管理も重要です
椎間板ヘルニアでは、動物病院での治療だけでなく、ご家庭での生活環境も重要です。
床が滑ると、立ち上がる時や方向転換をする時に腰へ負担がかかります。フローリングには滑りにくいマットを敷き、段差や階段への移動をできるだけ減らします。
ソファやベッドからの飛び降りも避けなければなりません。
抱き上げる際には、前半身だけを持ち上げるのではなく、胸と腰を同時に支え、背骨が大きく曲がらないようにします。
また、肥満は背骨や関節への負担を増やすため、適正体重を保つことも大切です。
ただし、安静が必要な時期に自己判断で歩行訓練やマッサージを始めると、状態を悪化させる可能性があります。運動を再開する時期や方法については、診察を受けたうえでご相談ください。
鍼灸治療も状態を確認しながら続けましょう
今回のワンちゃんには、背中、腰、後ろ足のツボを中心に鍼を刺し、置鍼中にレーザー治療器で温熱刺激と光刺激を加えました。
最後に弾爪による刺激を行い、すべての鍼を抜いて、約10分で施術を終了しました。
椎間板ヘルニアの鍼灸治療では、決められたツボへ機械的に鍼を刺すのではなく、その日の歩き方、痛み、筋肉の緊張、後ろ足の状態などを確認しながら施術内容を調整します。
また、鍼灸は診断や外科手術の代わりではありません。
画像検査、投薬、安静、外科手術、リハビリテーションなど、それぞれの治療の役割を理解し、その子の状態に合わせて組み合わせることが大切です。
椎間板ヘルニアと診断され、痛みや歩きにくさが残っている場合や、慢性期の体のケアをご希望の場合には、現在の状態を確認したうえで鍼灸治療が適しているかをご相談ください。
※本記事は当院で診療している症例をもとに、個人が特定されないよう配慮して作成しています。鍼灸治療の適応、施術方法、治療回数、期待できる反応には個体差があります。


