「逆さまつげ」と聞くと、それほど深刻な病気ではないように感じるかもしれません。
しかし、目の表面に向かって生えた非常に細いまつ毛が、まばたきのたびに角膜へ接触し続けると、少しずつ角膜が傷つき、角膜炎や角膜潰瘍を引き起こすことがあります。
さらに角膜潰瘍が深く進行すると、角膜に穴が開く「角膜穿孔」を起こし、視力を失ったり、眼球を残すことが難しくなったりする可能性もあります。
今回は、肉眼ではほとんど見つけることができないほど細い逆さまつげが、目の表面を刺激していた症例をご紹介します。
逆さまつげとは
一般に「逆さまつげ」と呼ばれる状態には、いくつかの種類があります。
本来とは異なる場所から余分なまつ毛が生える「異所性睫毛」や「重生睫毛」、正常な場所から生えていても毛の向きが内側を向き、角膜に接触してしまう状態などがあります。
また、まぶたそのものが内側に入り込む「眼瞼内反症」によって、まつ毛やまぶた周辺の被毛が角膜に当たることもあります。
このような状態では、まつ毛や被毛がまばたきのたびに角膜へ接触します。
特に異所性睫毛は、まぶたの裏側から角膜に向かって毛が生えるため、強い目の痛みや角膜潰瘍の原因になることがあります。犬の異所性睫毛を調査した報告では、約7割の症例に浅い角膜潰瘍、約8%に深い角膜潰瘍が認められています。
肉眼では見つけにくいほど細いまつ毛
今回の症例でも、問題となっていたまつ毛は非常に細く、通常の明るさで目を見ただけでは、ほとんど確認できないほどでした。
逆さまつげは、太く目立つ毛が一本生えているとは限りません。
正常なまつ毛と同じ色をしていたり、産毛のように細く短かったりすることがあります。そのため、拡大せずに肉眼だけで確認しようとしても、見逃されることがあります。
一見すると目の表面には何もないように見えても、まぶたを裏返したり、拡大して観察したりすると、角膜に向かって細い毛が生えていることがあります。
「目薬を使うと一時的に良くなるものの、また目をしょぼしょぼさせる」
「結膜炎として治療しているが、なかなか治らない」
このような場合には、まつ毛やまぶたの異常が隠れていないかを詳しく確認する必要があります。
まばたきのたびに角膜が刺激されます
角膜は、黒目の表面を覆っている透明な組織です。
正常な状態では、角膜の表面は涙によって保護され、まぶたが滑らかに動くことで目を乾燥や異物から守っています。
しかし、内側を向いたまつ毛があると、まばたきをするたびに毛先が角膜へ触れます。
一回ごとの刺激は非常に小さくても、それが一日に何度も繰り返されることで、角膜の表面に細かな傷がつきます。
まつ毛の太さ、硬さ、角膜に当たる角度によっては、比較的短期間で強い痛みや角膜潰瘍を起こすこともあります。
一方、柔らかく細いまつ毛の場合には、刺激が弱いため、すぐに強い症状が現れないことがあります。
そのため飼い主様から見ると、
「少し涙が多いだけ」
「時々目を細めているだけ」
「以前から目やにが出やすい体質」
と感じられ、長期間見過ごされてしまうことがあります。
静かに進行するため注意が必要です
逆さまつげによる角膜への刺激は、必ずしも突然大きな症状を起こすわけではありません。
軽い刺激が慢性的に続くことで、少しずつ角膜に炎症や傷が生じます。
初期には涙の量が増える程度でも、進行すると次のような症状が見られるようになります。
- 涙が多くなる
- 目やにが増える
- 目をしょぼしょぼさせる
- 片方の目を閉じている
- 前足で目の周囲をこする
- 目の周囲を触られるのを嫌がる
- 白目が赤くなる
- 黒目が白く濁って見える
- 黒目の表面に血管や色素が伸びてくる
目をしょぼしょぼさせる行動は、眠いからとは限りません。
特に片目だけを細めている場合や、急に目を開けにくそうにしている場合には、目の痛みを感じている可能性があります。
角膜潰瘍から角膜穿孔へ進むことも
「角膜潰瘍」とは、角膜の表面が傷つき、角膜を構成する組織の一部が欠損した状態です。
単に表面へ小さな傷がついている段階(びらん)から、角膜の深い部分まで組織が失われた重度の状態まで、さまざまな程度があります。
角膜潰瘍(びらん)は、すぐに角膜へ穴が開いているという意味ではありません。
しかし、まつ毛による刺激が取り除かれないまま傷が深くなったり、細菌感染が加わったりすると、角膜が急速に薄くなることがあります。
さらに進行すると、角膜の最も深い部分だけが残る状態や、実際に角膜へ穴が開く角膜穿孔を起こす可能性があります。深い角膜潰瘍では、点眼治療だけでなく、角膜を保護するための外科手術が必要になることもあります。
角膜穿孔が起きると、眼球内部の構造にも影響が及びます。
治療の開始が遅れた場合には、視力を失ったり、強い痛みを取り除くために眼球摘出を検討せざるを得なかったりするケースもあります。
「たった一本の細いまつ毛」であっても、長期間角膜を刺激し続ければ、決して軽視できない問題になるのです。
検査では角膜の傷も確認します
逆さまつげが疑われる場合には、まつ毛だけを見るのではなく、角膜がどの程度傷ついているかも確認します。
目の診察では、拡大してまぶたの縁や裏側を観察し、角膜に接触している毛がないかを調べます。
必要に応じて、角膜の傷を染め出すフルオレセイン染色検査を行います。角膜の表面に傷があると、染色液が傷の部分に付着し、緑色に染まって見えます。
また、涙の量、目やにの状態、角膜の濁り、血管の侵入、眼圧などを確認し、逆さまつげ以外の目の病気がないかも調べることがあります。
目を細める、涙が出る、目やにが増えるといった症状は、逆さまつげだけでなく、異物、ドライアイ、結膜炎、角膜潰瘍、ぶどう膜炎、緑内障などでも見られます。
そのため、見た目だけで「結膜炎だろう」「少し目にゴミが入っただけだろう」と判断せず、原因を確認することが大切です。
今回はまつ毛を一本ずつ抜去しました
今回の症例では、角膜へ接触している非常に細いまつ毛を確認し、ピンセットを使って一本ずつ慎重に抜去しました。
まつ毛を取り除くことで、まばたきをするたびに起きていた角膜への物理的な刺激を止めることができます。
処置の際には、動物が急に頭を動かすと目を傷つける危険があるため、しっかりと安全を確保しながら行います。
今回の子は処置中もよく頑張ってくれ、無事に問題となっていたまつ毛を抜くことができました。
抜いても再び生えてくることがあります
まつ毛をピンセットで抜いただけの場合、目に見えている毛は取り除けても、皮膚やまぶたの中にある毛根は残ります。
そのため、一定期間が経過すると、同じ場所から再びまつ毛が生えてくる可能性があります。
「一度抜いたから、もう大丈夫」とは限りません。
再び毛が伸びて角膜に接触するようになれば、目の痛みや角膜の傷も再発することがあります。
したがって、抜去による管理を行う場合には、定期的に目の状態を確認し、再び毛が生えていないかを調べる必要があります。
診察の間隔は、毛が伸びる速さ、まつ毛の本数、角膜の状態、症状の出方などによって異なります。
目やにや涙が再び増えた場合や、目をしょぼしょぼさせるようになった場合には、予定していた診察日を待たずに受診してください。
繰り返す場合には根本的な処置も検討します
問題となるまつ毛が何度も生えてくる場合や、複数のまつ毛が角膜に接触している場合、角膜潰瘍を繰り返す場合には、毛根へ処置を行う方法を検討することがあります。
具体的には、電気処置、レーザー、冷凍処置などを用いて、まつ毛が再び生えにくくなるように毛根を処理する方法があります。
重生睫毛に対する処置では、問題となる毛を取り除くだけでなく、再発を防ぐために毛包を処理することが重要とされています。ただし、処置後も新しい毛が生えたり、十分に処理できなかった毛が再発したりする可能性があります。
また、まぶたの形そのものに異常がある場合には、まつ毛を抜くだけでは改善せず、まぶたの形を整える外科手術が必要になることもあります。
すべての逆さまつげで手術が必要なわけではありません。
毛が非常に柔らかく、角膜に傷や炎症が認められない場合には、処置をせず経過を観察することもあります。一方、目の痛みや角膜障害がある場合には、そのまま放置せず、症例に応じた治療を行う必要があります。
目薬だけでは原因が解決しないことがあります
逆さまつげによって角膜炎や角膜潰瘍が起きている場合、角膜の傷に対する点眼治療も大切です。
しかし、角膜を刺激しているまつ毛が残っていれば、目薬を使用しても、まばたきのたびに再び角膜が傷つけられます。
一時的に症状が改善しても、点眼をやめると再発することがあります。
大切なのは、炎症や傷を治療するだけでなく、なぜ角膜が傷ついたのかという原因まで確認することです。
目薬を何度も使用しているのに治らない場合や、同じ目の症状を繰り返している場合には、まぶたやまつ毛の詳しい検査をお勧めします。
ご家庭でまつ毛を抜くのは危険です
逆さまつげのような毛が見えたとしても、ご家庭でピンセットを使って抜くことはお勧めできません。
動物が突然顔を動かした場合、ピンセットの先で角膜やまぶたを傷つける危険があります。
また、目の症状の原因が本当にまつ毛だけなのか、すでに角膜潰瘍が起きていないか、別の目の病気が隠れていないかは、見た目だけでは判断できません。
自己判断で処置をせず、動物病院で目の状態を確認してもらいましょう。
早期発見が目を守ります
逆さまつげは、非常に細い毛が一本あるだけでも、角膜を傷つける原因になります。
刺激が軽い場合には症状がゆっくり進行するため、飼い主様が異常に気づきにくいこともあります。
しかし、放置すると角膜潰瘍が深くなり、視力や眼球そのものに影響する可能性があります。
次のような変化が見られたら、「少し目やにが出ているだけ」と考えず、早めに動物病院へご相談ください。
- 目をしょぼしょぼさせている
- 片目を閉じている
- 涙や目やにが増えた
- 目の周囲を前足でこする
- 黒目が白く濁っている
- 白目が赤くなっている
- 点眼をしても症状を繰り返す
小さな目の変化の裏に、肉眼では見つけられないほど細い逆さまつげが隠れていることがあります。
早い段階で原因を見つけ、角膜への刺激を取り除くことが、大切な目と視力を守ることにつながります。
※本記事は当院で診療した症例をもとに、個人が特定されないよう配慮して作成しています。逆さまつげの種類や角膜の状態によって、必要な検査や治療方法は異なります。